2017年10月1日日曜日

短編私小説『遺書と地獄』

短編私小説『遺書と地獄』

【まえがき】
私は虚実皮膜へと旅に出た。
しかし、フレスコ画に触れられず、
床に幾重にも捨てられた模写。
虚実の果てに、現実を羅漢した。
その現実への皮肉を。

(これは独白であり、記録である)

脳に詰まった、無邪気な生い立ちを吐露しよう。
記憶の始まりはキラキラしていて
とても怖かった。
赤子ながらに、水溜りに虹を投げ込んでは駆けていく、そのような仕事を望んでいた。
しかしどうしても、水面には不純な現実が写った。背伸びして太陽を掴むと、水面に叩きつけた。水面は焦げ付いた。
眼を閉ざしても、その火傷の匂いが、いつまでも、鼻腔にこびり付いていた。
これが私の第一の挫折である。


ちゅうがっこう
のとき
やがいがくしゅう

いきましてん

みんなあつまって
わになって
ねがいごと
かきますねん

わのそとで
ぼくは
ひとり
ぽつねん

だれからも
こえをかけられなかった
ぽつねん

ぼくは
たびにでたい

かきましてん

きゃんぷふぁいあ
はじまって
みんな
てをつないで
わになって
おどりますねん

ぼくのてを
だれも
つないでくれへんかった
ぽつねん

わをそとから
ながめることしか
できまへんで
ぽつねん

ねがいが
かかれた
かみは
あとで
やぶりすてましてん

ぽつねん

私の青春は屈辱と希死に塗れていた。見渡す限りの戦禍。
ひとりぽっちで心が壊死し。
ひとりぽっちで楽しかった。
これが私の第二の挫折である。


ふたりの皮膚は会話する/まるで饒舌に/
貶めるはナイフ/或いは虚飾/
狂えるテンションで這い回る蛇/
実弾を舌で転がし喉へ/

蜜で描けど/あてのないふたり/
眼を塞いで/耳を閉じ/
不乱に交じる熱い花/
指先はいつか冷え/忘れるだろう/
ならば忘れる日まで触れてやる/

敢え無く剥がれ出す/虚しき嘘/
現実を濾過したら/どの感情が残る/
花は散っていく/誰にも告げず/
露ほど/感情すら残さず/
それは濾過された/もののあはれ/

やがて壊疽した関係は/
溜息と時計のあいだで溶け/
揺れる火はやがて消え/
冷え切った白日の下で/
交わす言葉は 千切れていった/

獲物から事物(もの)へ/変貌を遂げても/
私は求む/狂おしい運命の陰影を湛えた彼女を/
或る群青に紛れ/一度は消失した彼女/
凡ゆる辛酸を舐めたであろう疵に/
私は触れている/

無為に過ぎる時間を抓(つね)り/
脈拍の無い身体を留めて/
偉大なる神の襞(ひだ)を眺める/
ひとりの皮膚ほど虚しいものは無い/
これが私の第三の挫折である。


(挫折の果て)
太陽ト別離シテ地下(モルグ)へ潜ル
皺(不和)クチャノ頽廃(décadence)ヲ握リ締メ
(似非の)死ニ憧レ(焦がれ)塵芥
根無シ草(déraciné)ハ放蕩シ………
放浪シ………ゼツボーノ果テ……
…掘リ出シタ思シ召シヲ聞ク
「死など生きた末の残滓だ。
恐れるな」


「月夜、或る海にて、
私は潜水し、溶けた魚を額縁に入れる。燃える様な青。萎びた月の黄色が、魚を引き立てる。
美術館に寄贈しよう。私は美術館長を海に沈めた。星々の輝きが、海底のヒトデの煌めきと交わり、館長を貫く。

最後にヴェルレーヌに一目会おうと、私はありったけの詩集を海にぶち撒ける。
月光に焼かれ、波間で燃えさかるヴェルレーヌやランボオ。館長の死体が海中で踊る。
翌日、私は額縁の中の溶けた魚を美術館へ寄贈し、自ら絶命する」


私は、神に対して臆することなく存在を放棄する。
私が必要とするものは沸騰した言葉の塊で、ぬるくふやけたものでは無い。
美しき暴文、神に叩きつける野蛮な美。
熱に浮かされた私は、柘榴の揺れる幹の傍で 煩悶し、実を引きちぎる。
滴る柘榴の血液を飲み干すと、私は私の極致で 煌々と演説す。
それはあてのない旅だ、果てのない戯言だ。
身勝手な駄文に群衆は不満を募らせるだろう。誰よりも紅く、誰よりも熟した果実は地に落ちる他ない。地獄に落ちる他ない。(未完)


【あとがき】
文体は顔であり、私の思う文学の全てである。
酔うような文体も、また良し。
極上の暗喩、究極のストーリーを編んでも、文体が不味ければ台無し。
そこには人物の会話は要らない。人間も不要だ。状況描写も要らない。ストーリーも要らない。
独白こそが、人の本質を写し出す一番の鏡だ。
こう書き連ねていると、まさに酔うような文体である。
それには、決まって他人はケチをつける。
だがこれは私の独白ゆえ、他人を書く義務は無し、反対に書くもよし。
スヴェンソン。唐突だがそれも良し。
酔いが嫌いなら立ち去ればよいだけだろう。
何を、どう、独白するか。興味は尽きない。

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